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オトコ40歳、これからどうする?

どうすれば、人生オモシロオカシク暮らせるか?
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平日の昼間に家に居る

2012/03/22(Thu)21:23

いい天気だから洗濯して、物干しに洗濯物干すのって、おかしいですか?

ちょっと汚れてるなと思って、家の前を掃除するのって、おかしいですか?

子供の友達が遊びにきたので、玄関に出迎えるのって、おかしいですか?

平日の昼間に家に居ること・・・・これって、おかしいことですか?

他人の家じゃないですよ!自分の家ですよ!

ご近所の目なんて、私自身は、気にしない・・つもり。
でも、そうでない人ってのもいる・・・
#この期に及んで、いまさら気にしてもしょうがないと思うんだけどなぁ

上記のようなことをいい歳したオッサンがやるのは、やっぱり、おかしいことなのでしょう
理不尽だけど、生き方の多様化なんか言われてても、世の中、まだまだ、そんなもんです。

しかし、だからといって、家の中に閉じこもって、ゴロゴロしてるのもツマラン。
というか、近所の目を避けて生活すること自体が大変なストレスになる。
こりゃあ、昼間、家以外でやることを見つけないと。
#まさか、毎日、漫画喫茶で暇つぶすわけにもいくまい。

というわけで、バイトでもしてみようかなぁ・・・と。

でも、有給消化中でも、やっぱ、兼業依頼ださないとダメなのかなぁ、
もし、そうだったら、と思うと、絶望的にメンドクサイ。

というのが、最近の悩み。(かなり贅沢な部類の悩みなのは、自覚してます)

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No.92|独り言Comment(0)

元研究者の個人情報

2012/02/16(Thu)15:06

何かと話題のもうひとかたの影に隠れた感のあるもうひとりの某賞受賞者、
#ちなみに、この文章(pdf)は、受賞する前から知ってた(ちょっと自慢)
##結構ダマシの効いたオモシロい文章を書くなぁと思ってました。

元研究者だそうですが、研究者だったころ、本名使って副収入を得た際に、
上司から、あれこれ言われたのを機に、以来ペンネームを使うようになったそうです。
(副収入といっても、就業規則違反の副業という類のものではなかったようですが)

本名非公開ではあるんだけど、研究者の場合、出身大学とか学位取得年とか研究分野とか、
WEB上に転がってる断片的な情報を総合すると、およそ誰だか本名が分かっちゃう。
さらに、発表した論文は公開されてるし、職歴も、かなりの部分がバレバレです。
ずっとその分野で仕事してるならまだしも、別の分野に転進してるにも関わらず、
過去の履歴がバレバレってのは、なんとなく嫌な感じ。

で、私の場合、本名がバレると、どんな実害があるのかな?
・・・すぐには、ちょっと思いつかない。けど、なんとなく嫌な感じ。

一応、私の場合も、姓名でググルと、結構ヒットしちゃうんだよね。
昔書いた文章なんかが引っかかるとそれなりに気恥ずかしい。

#学生時代にネットニュース(fjとか)質問した奴なんかもヒットしちゃったりして。
#内容的にはめちゃ古くて今時読んでもあんまり得るものがないが、
#ああいうアーカイブっていつまで保存するんだろ?

同姓同名も多いから、研究者やめたら、同名の他人に紛れて、
徐々に分からなくなるだろうけどね・・

 ←こっちより、
こっちを読んでみたい→

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No.87|独り言Comment(0)

自由と責任

2012/02/08(Wed)14:57

人生、あらゆるところに岐路がある・・・ように見えます。
その分かれ道をどちらに進むか、自由に選択できる・・・ように見えます。
そして、それぞれの自由意思によって選択するのだから、
その結果には責任を持たなければならない。というのが、「自由と責任」らしい。

じゃあ、逆ならどうなの?・・・と、素朴に思う。
選択の自由がなければ、結果に責任はないの?

ミヒャエル・エンデの「自由の牢獄」、話としては面白いんだけど、
結局、選択の自由などというものは存在せず、また、
選択の自由も責任も、ない方が幸せだと言いたいのかな?

そういう趣旨だとすれば、なんとなく、納得できない。


確かに、本当に等価な選択肢であれば、その選択肢は選びようがない。
だから、その場合に、「選択の自由は、選択の不自由である」というのはそうかもしれない。
そして、後述するように、究極的には、選択は個がするのではなく、
個を個たらしめる環境が選択させるという場合には、
確かに、選択の自由というものは、存在しないかもしれない。

しかし、自由の牢獄の主人公は、どの扉をあけるかを決断しないでおくことが、
最も良さそうな選択だと判断して、どの扉も開けなかったんじゃないのかな?
つまり、「複数の扉」という等価な物うちのどれかという選択肢ではなく、
能動的に行動を起こすか、あるいは、受動的に成り行きにまかせるか
という2つの選択肢のうち、彼の自由意思に基づいて、後者を選択した。
そして、心の平安を得た。めでたしめでたしである。

岐路において、どちらを選択するかは、各人を取り巻く現在および過去の環境
つまり、それまでに持ちえた知識や経験を踏まえた価値観に依存するだろう。
文化圏ごとに自明と感じられる選択もあるし、そうでないものもあるだろうが、
少なくともその環境を背景とする本人にとっては、その選択は自明なものである。
だから、自由の牢獄の主人公にとっても、それは必然的な選択だったはずだ。
#選択の自由のない心の平安を幸せとするのは、彼の価値観によるのでしょう。
#私の価値観とは、ずいぶん違う・・・世の中、波乱万丈の方が楽しいやん?

完全に等価なものは、選択肢とはいわないように思うし、
それ以前に、そもそも完全に等価であるということは、ありえない。
世の中の選択肢は、互いに等価ではないから、人は、それぞれを天秤にかけて
各人の価値観において、より良さそうな方を選ぶことができるんじゃないかな。
そして、その人の価値観においては、その選択をすることが必然であるし、
したがって、それが唯一の道となる。
つまり、そういう意味では、たしかに、そもそも選択肢はないのかもしれない。

#確かに、どっちを選ぶか、本当はとっくに決まってるのに、
#なんとなく、決まってないフリをしたいだけなんじゃないかと思う時もある。
##というわけで、一歩前へ! なわけです。

#♪ どんなに迷っていても 道は一つしかない ♪
#♪ 僕の前から広がる道さ この道行くしかない ♪
#たまに聞いて、口ずさんで、もうかれこれ、30年ぐらい、
#だいたい、いつも泣きながら歌います。
##この方も、そんな感じみたい。同世代ですね。→ ゆうきのブログ


(LPも持ってたけど、CD買いなおしてしまったのである)


で、話をもどして、「選択の自由がなければ、結果に責任はないの?」である。

「責任」とはなんぞや?というと難しい話になりそうなんだけど、
「責任」を「自由」と対の概念とすれば、自由がなければ、責任はない。
極論としては、環境が個を作るとすれば、個には自由も責任もない。
すべては、環境の責任ということで、話は、とっても簡単である。メデタイ?

ところが、一方で、個々人は、他者にとっては環境の構成要素となる。
つまり、特に社会的な環境というのは、個の集合ということもできるだろう。
個々人が責任を認識することで、環境に秩序が生まれるんじゃないかと思う。
逆にいうと、だれもがみんな、環境のせい、他人のせい、と言いあっているとすれば、
社会秩序はないし、世の中が成立しないんじゃないだろうか?

だとすれば、選択しようがしまいが、そこに自由があろうがなかろうが、
個は責任を持つべきであるし、自分の現状を受け入れ、
自分の現状と関係を持つ事柄についての責任を認識する必要がある。
自由の牢獄の主人公だって、ちゃんとその現状を享受し、
伝道者(?)としての責任をはたしているともいえるんじゃなかろうか。

自分のせいであろうが、誰のせいであろうが、現状で起こっている身の回りの事柄に、
できるだけの対応をするのは、まあ、当たり前といえば、当たり前ですよね?
これが責任、responsibilityって奴じゃないのかな?


#右の本が今回の話題の発端なんだけど、あんまり読み進めない感じの本です。
#他人の意見を紹介して批評する割に、自分の意見はどうなのか、なかなか断言しない。
#いいまわしがもったいつけた感じで小難しく、読みにくいと感じました。

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No.85|独り言Comment(0)

口に苦し

2012/01/06(Fri)00:17

娘さんが無意識のうちに爪を噛んでしまって悩んでるようだったので、
こんなの買ってみた。

せっかくだから、試しにオジサンも塗ってみる。爪ピカピカ(^o^)/
でも、なにげない日常生活が結構不便。

爪を噛むわけじゃなくても、たとえば、サンドイッチを食べてて
マヨネーズがちょっと指先についたなと、無意識に指先をペロリ→ニガっ(>*<)
#ちゃんとティッシュで拭きましょうね(^_^)

ちょっと、歯になんか挟まったかな?と、思わず指でホジホジ→ニガっ(>*<)
#ちゃんとツマヨウジ使いましょうね(^_^)

台所で食事準備中。おっ、うまそうじゃん、と、手を出してつまみ食い→ニガっ(>*<)
#ちゃんと箸を使おうぜぇ!(-.-メ

というわけで、オヤジさんの行儀作法もだんだんと、お上品になって参りました。
なかなかの優れものです。



#ちなみに、娘さんは早々とギブアップのようです。

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No.81|独り言Comment(0)

四公六民

2011/12/21(Wed)14:30

今朝の新聞、国民負担率の各国比較の棒グラフが載ってた。
#国民負担率=(税負担額+社会保障負担額)/国民所得
日本は、およそ40%だけど、デンマークが70%ぐらい、スウェーデンが60%超・・・
#40%=四公六民、負担率ってのは、江戸時代から変わってないのね・・・・

ともかく、記事でいいたい趣旨ってのは、
「諸外国では日本よりも負担率が高いぞ。だから増税が必要。」
・・・というような感じに読めた。

でも、そんなに熟読してないんだけど、グラフに、なんか違和感あり。
比較対象の諸外国というのが、なぜかヨーロッパばっかり。
アメリカは? あるいは、中国とか韓国とかアジアの国はどんな感じなの? と。

で、さっそくググってみる。
アメリカが35%ぐらい。韓国もアメリカと同じぐらい。
#中国はよくわかんないけど、税負担率でいうと25%ぐらいらしい。

なんだ、日本と同じぐらいの国も、そんなに珍しくないじゃん。
中国や韓国はともかく、わざわざアメリカを表示しないってのは、
なんか作為を感じる・・・

で、この議論の要ってのは、
大きな政府(高福祉国家)にするか、小さな政府(低福祉国家)にするかっていう
選択を、ちゃんとしなきゃいかんってことなんじゃないのかな?
日本人ってアメリカさんが大好きなんだから、アメリカのまねっこで、
小さな政府の方を選択をすりゃあいいんじゃないのかな?
だって、みんな、増税は嫌なんでしょ? 
じゃあ、大きな政府にはしようがないやん。

小泉さんの時とか、ちょっと前まで、小さな政府っていうキャッチフレーズが主流で、
各論はいろいろあっても、「小さな政府」は、それなりに支持されてきたと思うんだけど、
いつから日本は、大きな政府、高福祉国家を目指すようになったんだろう?

で、小さな政府だと、自己責任・自己負担の論理が重要になる。これが問題。
たしかに、急激に転換をはかると、いわゆる「改革の痛み」という反動も大きいんだけど、
でも、今の(割とアメリカナイズされた)日本人にとって、自己責任っていう論理は、
どこかドライには感じつつも、割と納得いく論理だと思う。
自分のことは自分で、因果応報、そんな教育を受けてきたように思うから。

古来の日本らしい、あるいは、アジアらしい人情・感情も、もちろん、どこかに残ってる。
あまりに行き過ぎて、非情と思えるようなことをすれば、ちゃんと非難されて、
揺り戻しもおこってるわけだから、まあ、そんなに絶望したもんじゃないでしょう。

政府が面倒みてくれないのなら、その分、家族・親族とか、地域とか、ネットとか、
さまざまな「絆」にもとづく相互扶助システムができあがっていくんじゃない?
#たぶん、再構築されるといった方がいいでしょう。昔はあったらしいから
破たんしかかった今の社会保障システムなんかよりは、よっぽどマトモにね。
もちろん、新しいビジネスも生まれるだろう。(新たな犯罪も。)


ところで、
帳簿上は四公六民でも、土地あたり収量(反収)の増加のために、
江戸時代末期頃の実質税率は2割か3割ぐらいだったらしい。
小さな政府としては、そのぐらいが、いい感じなのかもしんない。

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